突発的遺伝子発現動態を網羅的に決定

広島大学大学院統合生命科学研究科ゲノム編集イノベーションセンターの落合 博講師らとマウス胚性幹細胞の突発的遺伝子発現動態を網羅的に決定しました。

Hiroshi Ochiai, Tetsutaro Hayashi, Mana Umeda, Mika Yoshimura, Akihito Harada, Yukiko Shimizu, Kenta Nakano, Noriko Saitoh, Hiroshi Kimura, Zhe Liu, Takashi Yamamoto, Tadashi Okamura, Yasuyuki Ohkawa, Itoshi Nikaido. Genome-wide analysis of transcriptional bursting-induced noise in mammalian cells. Science Advances  17 Jun 2020: Vol. 6, no. 25, eaaz6699

細胞は、数万ある遺伝子の情報をRNAへと「転写」し、RNAからタンパク質が合成され、生命活動を維持しています。この一連の流れを「遺伝子発現」と呼び、遺伝子の発現量は主に転写時に制御されています。多くの発現遺伝子は、常に一定の速度で転写されている訳ではなく、速い速度で転写される状態と、ほとんど転写されない状態が確率的に切り替わっていることが知られていました。これは「突発的遺伝子発現」と呼ばれ、同一環境中にいる、同一のゲノムDNAを有する細胞間で遺伝子発現量の多様性を生む要因の一つであることが知られています。しかし、哺乳類細胞における突発的遺伝子発現がどのように調節されているかは不明でした。

本研究では、マウスES細胞における突発的遺伝子発現の動態を網羅的に解明するために、RamDA-seq (Hayashi T. et al. Nature comm. 2018)を使い1細胞レベルの遺伝子発現解析を行いました。その結果、転写伸長因子などが突発的遺伝子発現動態を制御することを明らかにしました。さらに、CRISPR/Cas9による網羅的遺伝子破壊解析によって、Akt/MAPKシグナル伝達経路が転写伸長効率を調節することによって、突発的遺伝子発現動態を調節することを明らかにしました。

これらの結果は、哺乳類細胞における突発的遺伝子発現と細胞間遺伝子発現量多様性の根底にある分子機構を明らかにし、突発的遺伝子発現に由来する細胞間遺伝子発現量多様性を制御する技術の確立が期待されます。これにより、iPS細胞等の多能性幹細胞から特定細胞種への効率的な分化誘導法の確立へと繋がる可能性があり、再生医療への応用が期待されます。

日本語のプレスリリースは以下にあります。

哺乳類細胞における突発的遺伝子発現動態を網羅的に決定!!
-iPS細胞の精密な分化誘導法確立に繋がる可能性-

免疫応答遺伝子の発現多様性を明らかに

阪大蛋白研の岡田眞里子さんらとの共同研究の論文が出版されました。

免疫B細胞が抗原暴露されると免疫関連遺伝子の遺伝子発現が急激に上昇し、我々の身体を守ります。これらの遺伝子はNF-kBという遺伝子で制御されます。今回の論文では、NF-kBによって急激に上昇する遺伝子の特徴を明らかにしました。またNF-kBは1細胞ごとに発現量に多様性があります。これにより様々な細胞環境に集団として素早く応答していると推測されます。この発現多様性が生み出される要因も明らかにしました。

急激な反応や発現多様性は、NF-kBの結合するエンハンサーの長さと事前にリクルートされているPU.1とNF-kBにより、多くのNF-kBが結合することと関連していました。これらは岡田先生が得意とする数理モデリングと我々の1細胞オミクスの技術を活用して明らかにされました。

NF-kBは悪いリンパ腫やがんの原因にも関わっています。この研究で利用されたオミクス解析や数理モデリングは、さまざまな疾患の分子機序の解明、マーカー遺伝子の同定、創薬に応用できると考えます。

我々はRamDA-seq (Hayashi T. et al. Nature Comm. 2018)による1細胞RNA-seqの実施を担当しました。また東大の鈴木穰先生らは1細胞ATAC-seqの実施を担当しました。阪大の岡田先生、粕川先生(RIKEN IMS)らは数理モデリング、オミクスデータの2次解析を担当しました。関係者のすべてのみなさま、おつかれさまでした。

日本語プレスリリース: 免疫の初期防御応答における閾値(いきち)機構の解明

Hiroki Michida, Hiroaki Imoto, Hisaaki Shinohara, Noriko Yumoto, Masahide Seki, Mana Umeda, Tetsutaro Hayashi, Itoshi Nikaido, Kasukawa Takeya, Yutaka Suzuki, Mariko Okada-Hatakeyama. The number of transcription factors at an enhancer determine switch-like gene expression. Cell Reports. VOLUME 31, ISSUE 9, 107724, JUNE 02, 2020.